秋野不矩 (あきの・ふく)

プロフィール

明治41年(1908年)~平成13年(2001年)
天竜の地が生んだ、文化勲章受章・気鋭の女流画家

秋野不矩

荒ぶる天竜川を間近に臨む、旧天竜市・二俣町(現・浜松市天竜区)出身の日本画家である 秋野不矩(本名・秋野ふく)。平成11年には栄誉ある『 文化勲章 』を受章した女流画家です。

明治41年に生まれ、平成13年に93歳で世を去るまでに生み出された 数多くの作品は、今なお人々を魅了し続けています。

『サヤデビテンプルのスーリヤ』(部分)

京都で絵筆を執りつつ、生まれ故郷天竜を深く愛し、はるかなインドの地にて人々の営みに魅せらて……。

秋野不矩は、その「不矩」という雅号を体現するように、一般的な型に収まることを良しとせず、おおらかな心で自由奔放に創作活動を続けました。そして、溢れる生命力をモチーフに宿して描き上げてゆきました。

人間、そして草花などの自然から発せられる本質的な「力」と「美」とが、今も秋野不矩の作品世界で輝いています。

  • 秋野不矩『 桃 』
    秋野不矩  『 桃 』
  • 秋野不矩『 蘭 』
    秋野不矩  『 蘭 』

秋野不矩(あきの・ふく)略歴

1908年(明治41年)旧天竜市二俣町(現・天竜区)に、神主の家の末子として生まれる。
1927年(昭和2年)一度は教師になるが絵画への情熱やみがたく、石井林響に入門。
1929年(昭和4年)林響が病に倒れる。やむなく西山翠嶂の塾「青甲舎」に入門。
1930年(昭和5年)第11回帝展に出品。初入選を果たす。(『野を帰る』)
1939年(昭和14年)第1回個展を開催する。
1948年(昭和23年)日展を離れ、同胞らとともに『創造美術』を結成する。
1951年(昭和26年)第1回上村松園賞を受賞。
1962年(昭和37年)インドの大学に客員教授として招かれる。
これがきっかけでインドに魅せられ、以後幾度もインドに渡る。
1978年(昭和53年)京都市文化功労者表彰。
1981年(昭和56年)京都府美術工芸功労者表彰。
1986年(昭和61年)第27回毎日芸術賞受賞。
1991年(平成3年)文化功労者に顕彰。
1993年(平成5年)第25回日本芸術大賞受賞。
1999年(平成11年)第17回京都府文化賞特別功労賞を受賞。文化勲章受章。
2001年(平成13年)京都府のアトリエにて逝去。(93才)

秋野不矩 作品例

下記に掲載されている作品は、過去に当画廊で販売したものの一部です。 ※禁無断転載※

  • 秋野不矩『椿』
  • 『八仙花』
  • 『くちなし』
  • 秋野不矩『春蘭』
  • 『紅梅』
  • 『牡丹』
  • 秋野不矩『桔梗』
  • 『紅梅』
  • 『白菊』
  • 秋野不矩『蘭』
  • 『山茶花』
  • 『白梅』
  • 秋野不矩『ばら』
  • 『鉄線花』
  • 『ヒヤシンス』
  • 秋野不矩『あねもね』
  • 『おもと』
  • 『しゃくなげ』
  • 秋野不矩『ばら』
  • 『桜』
  • 『花菖蒲』

このページに掲載されている画像は、当画廊でこれまでに扱った作品の一部です。 ※禁無断転載※

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