鈴木三朝 (すずき・さんちょう)

プロフィール

明治32年(1899年)~平成9年(1997年)
法隆寺金堂壁画模写従事・浜松を愛した大和絵の巨匠

鈴木三朝

日本画家・鈴木三朝(本名・鈴木朝松(あさまつ))は、明治32年に三重県津市の郊外に生まれました。

昭和15年に始まった国家事業『法隆寺金堂壁画模写』に従事、昭和32年には日本美術院特待にも推挙された、浜松が誇る大和絵の巨匠です。

●●(部分)

晩年まで精力的に創作活動を続け、地位名声に拘らず、穏和な風貌と飄々とした人柄は多くの人に親しまれました。

そんな豊かな人間性がそのまま、あたたかい光として作品世界をくまなく照らし出します。

寺社や仏塔、田園、伝統的な民家などの風景を描き出した作品の数々は、古き良き古代・大和(やまと)への心地よい郷愁を呼び覚まします。

浜松に移り住んで以来、この第二の故郷をこよなく愛した鈴木三朝。

画面から満ちあふれる穏やかな空気は、時を経た今なお私達の心を癒してやみません。

  • 鈴木三朝『 那智の滝 』
    鈴木三朝  『 那智の滝 』
  • 鈴木三朝『 斑鳩 』(部分)
    鈴木三朝  『 斑鳩 』(部分)
  • 鈴木三朝先生制作風景 鈴木三朝先生制作風景
    鈴木三朝先生・制作風景

三朝先生には生前大変懇意にしていただきました。
一緒に美味しいお酒を頂いた事は今でも大切な思い出として心に残っております。
今、改めて、三朝先生に心からの感謝を捧げます。
≪店主・森山≫ (C) photo by- mikie MORIYAMA

鈴木三朝 (すずき・さんちょう)略歴

1899年(明治32年)三重県津市の郊外に生まれる。
1919年(大正8年)この頃に上京、池上秋畝に師事する。
1923年(大正12年)仏画で有名な日本画家・荒井寛方に師事。
1928年(昭和3年)第14回日本美術院展に入選。(『麦峠風景』)
1932年(昭和7年)第19回日本美術院展に入選。(『山の宿』)
この時から雅号を「兆皓」から「三朝」に改める。
1940年(昭和15年)文部省嘱託・法隆寺金堂壁画の保存模写事業が始まる。
荒井寛方の助手として従事。
第二号小壁・菩薩、第十号大壁・薬師浄土
1944年(昭和19年)戦火を逃れ浜松に移る。1年後に一時伊勢に戻るも1ヶ月で帰浜し、
以来浜松に居を定める。
1945年(昭和20年)荒井寛方の不慮の死によって、法隆寺金堂壁画模写荒井班の
主任代理を務めることとなる。
1983年(昭和59年)院展特待となる。
1997年(平成9年)浜松市内の病院で逝去。(98歳)

鈴木三朝 作品例

下記に掲載されている作品は、過去に当画廊で販売したものの一部です。 ※禁無断転載※

  • 鈴木三朝『だいだい』
  • 『大和風景』
  • 『伊勢海老』
  • 鈴木三朝『鯉』
  • 『斑鳩』
  • 『那智の滝』
  • 鈴木三朝『双鶴』
  • 『不動の滝』
  • 『那智の滝』
  • 鈴木三朝『観音』
  • 『大和の風景』
  • 『紅梅』
  • 鈴木三朝『当麻』
  • 『桃』
  • 『大和風景』
  • 鈴木三朝『群鶴』
  • 『富士』
  • 『大和山景』

このページに掲載されている画像は、当画廊でこれまでに扱った作品の一部です。 ※禁無断転載※

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